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Take a Bow

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   ヨガレッスンの最後をこう締めくくるインストラクターがいる。
   ”今日も45分間頑張ってくれた自分のからだに感謝をして、
   インドの挨拶で終わりましょう。namasute。”

   自分の体、私の体。
   以前、何かで読んだ記憶をたぐりよせてみる。

   「私のからだ」 と言う表現をするということはそれ自体は、私ではない。
   同じように 「私のこころ」 もそれ自体は私ではない。
   ということは、私の体でも心でもないところに
   「私」が在る ことになる。
   体調が悪い時、私の体は私のために汗をかき痛みに耐え、
   外敵と懸命に闘ってくれている。
   圧に押しつぶされそうな時、
   私の心はあらゆる思いをめぐらせて
   私の落ち着くべき場所をさがしてくれている。
   ”全身全霊”の言葉どおりに。
   ではそんな時、「私」は?
   「私のからだ」「私のこころ」の頑張りに感謝をし、
   「私のからだ」「私のこころ」が存分にその力を発揮できるよう   
   冷静にディレクションをし、寄り添いサポートをし、
   自らがそのモチベーションとなる。
   居場所を持たない私は文字どおりそのすべてを俯瞰でみることもできるだろう。
   そして、それができるのは、「私」であり、「僕」であり、「あなた」であり・・・・・
   それ以外の誰にも成し得ないのではないかということ。

   namasute が思い出させてくれたこと。





   






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